すがわらの思うまま

駄文に次ぐ駄文、僕でなきゃ見逃しちゃうね

【見つかる日まで】


「ビデオテープ...」



「なあ、いい加減ビデオテープなんて捨てちまえよ。DVDに移してさ。」



付き合って3年になる彼氏は、私の部屋に来るたびに同じことをぼやく。



たしかに彼の言う通り。私の部屋には古いVHSが山積みだ。



時代遅れなのはわかってる。



邪魔になるのも知っている。



「じゃあ、DVDプレーヤー買ってよ」



「…まあ、そのうちな」



毎回この会話だ。



昔から私は、自分が満足している事柄に関しては、新しいものに興味がわかない性分なのだ。



だから私の部屋には古いものが溢れている。



まだ使える、毛羽立った歯ブラシ。

まだ履ける、穴あき靴下。

まだ使える、欠けたマグカップ。

まだ着れる、よれよれのTシャツ。


それほどテレビも見ない私にとって、ビデオテープは今でも現役だ。



よく友人にも笑われるが、私に言わせれば画質や音質にそこまでこだわる人たちの方が滑稽に思える。

 


結局映像なんて、記憶の中ではボ〜っとしか思い出せなくなるのだから、鮮明な映像を見ることに意味なんてあるのだろうか。



どうせ忘れるものなのに。




「…買うかぁ、DVDプレーヤー」



彼氏がそう呟く。



どういう風の吹き回しだろうか。自分だってお金ない癖に。



「え、いいよそんなの。お金ないじゃん」



「ん?まぁそうなんだけどさ。良い画質で映画でも見たいなぁって」



「えー、いらないよ。だったらどっか遊びに行こ?」



「でも考えてみ?何本も見れば映画館よりお得だろ」




彼氏の突然の思い付きで、DVDプレーヤーを買いに行くことに。



私は正直乗り気じゃないが、まぁ本人が良いなら良しとしよう。



彼は新品を欲しがっていたが、中古で十分だと無理矢理納得させた。



選んだのは数年前のモデルで、価格は1万円前後。



ビデオとDVDの両方見れるという代物だ。



これだけDVDが普及した世の中、新品ではもう、こう言った品は売っていないだろう。



大きな時代の転換、その狭間に生まれた存在だ。



私はとても満足だったが、彼は不満げな顔をしている。



「もっと良いの買っても良かったのになぁ」



「何言ってんの、テレビ自体が古いんだから、何を買ってもそんなに変わらないでしょ」



その帰りの足でレンタルショップに寄り、適当な映画を数本借りて帰路につく。



色々と文句を言ったのを少し反省し、レンタルショップでは自由に映画を借りさせた。



少し無理矢理だったとは言え、私のためにとしてくれた事だ。感謝はしている。



おかげで血みどろアクションばかりが取り揃えられた。



私の好みじゃないのだけれど、たまには良いかもしれない。



─────

 


「でさ、夜な夜な半裸のおっさん達が集まってきて…」



大好きな映画の話を語っている時は、まるで子供のような表情になる。



それがなんだか可愛くて、私の口元は思わず緩んだ。



辺りはすっかり夕焼け色に染まっている。



私たちは手を繋ぎ、長い影を引きずって歩いた。



空ではオレンジと紫が混ざり合いながら、ゆっくりと夜を歓迎している。



「でさでさ、そのクラブがどんどん大きくなって行って…」



映画の話はよくわからない。



私は適当に相づちをうちながら、今夜の夕飯について考えた。



へぇ、ふぅん、そうなんだ、なるほどね、すごいね、詳しいね。



聞いたふりさえ長くもなると飽き始め、私は頭上でキラキラと輝きだした一番星を眺めていた。



もうすぐ夕焼けから夜空に切り替わる。



暗くなる前に家につくかなぁ。



早くシャワー浴びたいな。



そんなことばかり考えていた。



家に帰ってきたのは7時過ぎ。夕飯を食べ、寝る支度をすべて済ませたのが11時前だった。



今夜は彼も泊まっていくことになり、せっかくなので溜まったビデオテープをDVDに移し変える作業をすることに。



明日はちょうどゴミの日だ。



今夜中に終われば、少し部屋が広くなる。




二人でテレビの前に座り込むと、手当たり次第にテープを再生した。



懐かしいテープもあり、私は宝探しをしている気分になっていた。



好きなアーティストが出演した音楽番組、下らないバラエティ、よくわからない料理番組など様々なものが録画してある。



コンビニで買ってきたお酒を飲みながら、幸せな時間を過ごす。



「あったわこんな番組!やっぱ俺ら世代は見てるよなコレ!」



懐かしい番組を見つけるとお互いに見入ってしまい、真夜中を過ぎても作業は全然進まなかった。



「あれ…このテープ、ラベル貼り忘れてる」



積まれた山の中から適当に手に取ったテープの背表紙には、何のラベルも貼っていなかった。



他のテープには几帳面なほどに日時やタイトルが書き込まれているのにどういうことだろう?



「新品なんじゃないの?何も録画してないとかさ」



彼の言う通りかもしれない。



私の記憶が正しければ、ラベルを貼り忘れるなんて事はした覚えがない。



…まぁ、覚えがないからこそ忘れているとも言えるけれど。




どうしよう。




念のため、処分する前に内容を確認してみることにした。



ウィーンという音を立ててテープが巻き戻される。



ガチャンッ。巻き戻しが終わる。



リモコンに再生ボタンを押すと、軽快な音楽と華やかな衣装をまとった男女が映し出された。



どうやら年末に放送される恒例の歌番組のようだ。



「あぁ〜、これいつのだっけ?途中だけ見たわ!おでんの歌で出たんだよね」



彼が懐かしそうにつぶやいた。



確かこのテープは、私の好きなアーティストがはじめて出演した時のものだ。



これはDVDに移す必要もないだろう。停止を押してテープを取り出そうとする。



「え、え、待ってよ。せっかくだしそのアーティストの歌聞いてからにしようよ」



…面倒くさい。



そう思ったが、まぁ、聞いてから捨てることにしよう。



「その前に、お茶いれてくるね」



台所に立ち、温かい緑茶をいれる。



さっきからずっと座って作業したいたせいで腰が痛くなった。



ここらで休憩を入れるのも良いだろう。



お茶は湯呑みで飲みたいところだが、あいにく家にはマグカップしかない。



「はぁーい、どうぞ。熱いから火傷しないように」



テーブルの上に彼の分を置くが返事がない。



少し気になり顔を覗き込むと、彼は眉をひそめながらテレビ画面を見つめていた。



「…どうしたの?」



彼の視線の先、テレビ画面に視線を移すと、そこに映し出されていたのは先ほどまでの番組ではなかった。



見慣れない景色、どこかの工場だろうか?



セピア調の画面にはまるで動きが見られない。



「なにこれ…映画か何か?」



しかし、こんなものを録画した覚えはない。



私に気づいた彼は慌ててテレビの電源を切った。



「あ…お帰り。お茶ありがとうね」



「今のなに見てたの?」



彼の行動は明らかに怪しい。サボって他に番組でも見ていたのだろうか。



「いや…このテープ劣化してるみたいでさ、捨てた方がいいかもしんない」



「なにそれ、今何か見てたよね」



別に彼が何を見てようが良いのだが、隠されるとこちらも知りたくなってしまう。



「ほんと何でもないんだって、次見ようぜ次」



彼がテープを取り出そうと手を伸ばした時、



テレビ画面にザザザッっとノイズが走り、ビデオが勝手に再生される。



画面に映し出されたのは、先ほど一瞬見えた工場のような場所。



よく見ると、その映像の左端に蜘蛛の巣が張っている。



こんな番組録画した覚えはない。



しかもこのテープは、今勝手に再生されだしたのだ。



唖然として、彼と顔を見合わす。彼もどういう事かわかっていないようだ。



「…さっきも録画してた音楽番組の途中でさ、画面がおかしくなって…こも変な映像に切り替わったんだよね」



彼は眉間にシワを寄せながら、取り出しボタンを押す。



しかし



DVDプレーヤーはなんの反応もせず、相変わらず画面には工場と蜘蛛の巣が映し出されている。



「なんだコレ!だから中古なんてよせば良かったんだよ!クソッ」



「なにそれ、私のせいだって言いたいわけ?そもそもDVDプレーヤーなんて必要なかったじゃん!」



彼の言い方についカッとなり、強く言い返してしまった。



………。



部屋に気まずい沈黙が流れる。



さすがに言い過ぎたかもしれない。本格的な喧嘩になっても良くないと思い彼に謝ろうとした時、




うっ…ぅぅ…ぅぅっ……




女性の泣くような声が真夜中の部屋に響く。



背筋に冷たいものが走る。それは彼も同じだったようで、ひどく引きつった表情をしている。



声は、テレビ画面から聞こえていた。



目を向けると、先ほどまで何の変化もなかった画面に、少しだけ動きがある。




蜘蛛だ。




私の手のひら程もある蜘蛛が、ゆっくりと画面のなかに映り込んできた。



私の蜘蛛に対する知識が少ないせいかもしれないが、見たこともない蜘蛛だ。



画面の中には蜘蛛の姿だけで、泣き声の主は見当たらない。



その声はひどく苦しそうで、次第に泣き声が大きくなってゆく。



我慢の限界だ。



私は近くにおいてあったリモコンを手に取り、テレビ本体の電源そ切ろうと試みるが、やはり消えない。



「おい、なんだよコレ!一回外行こうぜ、気持ちわりーよコレ」



彼の意見には同意だが、部屋を空けるのも少し気が引ける。



テレビからはエンエンと泣きじゃくる知らない女の声。



それは心臓を急かすように、だんだんと大きくなってくる。



「そうだ、コンセント!コンセント抜いてよ」



テレビ自体にコンセントを抜けば、さすがに電源も切れるはずだ。



画面には大きな蜘蛛、そして泣き声。



彼は息を飲んでゆっくりとテレビに近づく…

 

と、



「うわあぁぁぁ!」



今まで聞いたこともないような情けない声をあげて尻もちをついた。



完全に怯えきった顔。目は見開かれ、肩は軽く震えている。



反射的に彼を抱き寄せようと近づいた時、ガコンッという音を立ててテレビが揺れる。



彼氏を抱きながら視線を向けた先には




テレビを後ろから掴む何者かの指、傷だらけの腕。



そして画面には無数の眼球。



私は体験したことのない恐怖で意識が遠退きかけた。



画面から聞こえていると思っていた泣き声の主は、いつからこの部屋にいたのだろう?



テレビ画面に映し出された無数の眼球が、さぞ憎たらしそうに彼を睨みつけている。



部屋に漂う異様な雰囲気。



“空気が死んでいる”ような感覚。



すると、急に彼は胸を押さえながらえずきだした。



「…どうしたの!?ねぇ、大丈夫!?」



彼は吐き気を催しているようで、目を見開いて苦しんでいる。



「ぐっ...おぇッ」



彼は苦しそうに、その場に何かを吐き出した。



胃液にまみれ、うごめく黒い影。




蜘蛛だ。




先ほどまでテレビ画面の中に映っていた、見たこともない大きな蜘蛛を吐き出した。



それも一匹ではない。

 


何匹も何匹も何匹も何匹も彼は大きな蜘蛛を嘔吐し続けた。



彼の口から吐き出された蜘蛛達はゾロゾロとうごめきながら、中古のDVDプレーヤーの中へと潜り込んでいく。

 

 


気持ち悪い。

 

 


ぬらぬらと光る粘液を全身にまとい、列を成しながらぞろぞろと進む群れ。

 



気持ち悪い

 



気持ち悪い気持ち悪い

 

 

 


気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

 

 


白目を剥き、ビクビクと痙攣する彼を抱きしめたまま、私はただ呆然としている。



部屋に響いていた女の泣き声は。いつのまにか笑い声に変わっていた。



────

 


私が意識を取り戻したのは翌日の昼過ぎ、すでに日が高くなった頃だった。



一晩中起きていたのか、いつのまにか眠っていたのかもわからない。



私の腕の中で冷たくなっていた彼を、警察は事故死と断定した。



彼の喉からは、自ら噛みきった自分の舌が検出されたそうだ。



私がいくらあの日の出来事を話しても、誰一人まともに聞いてはくれなかった。



現場検証、薬物検査など様々なものに付き合わされたが、結局事故死。



酒絡みの事故…ということで片付けられた。



そんなはずはない。そんなはずはないのに。



今でも鮮明に思い出す。



大きな蜘蛛、悲しい泣き声、テレビの後ろの女、嘔吐する彼、笑い声笑い声

 



笑い声。

 

 



幻覚だったんてありえない。ありえないありえない。



警察の前でビデオテープを再生したが、中身は普通の音楽番組だった。最初から最後まで。

 



私はあのビデオテープを探している。








私はあのビデオテープを探している。








私はあのビデオテープを探している。








私はあのビデオテープを探している。








私はあのビデオテープを探している。








私はあのビデオテープを探している。








わたしは。




ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ-完-

 

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いかがだったでしょうか

 

 

ここまで読んでくれた方は少ないかもしれません😅

 

 

今回は思い切ってホラー小説っぽいのをブログで投稿しました✌︎('ω')

 

 

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